リリカルな恋人たち
わたしは背伸びして、加瀬くんの頭をぽんぽんと撫でた。
ワンコみたいに可愛いって思ったら、ちょうど知世も同じことを考えていたのか鼻水を垂らしながら泣き笑いした。

顔を真っ赤にした丸川さんが無言で勢い良く出て行ったあと、準備を終えた加瀬くんと一緒になんとか時間通り、出発することができた。

謙介セレクトのドライブに合ういい感じの洋楽が流れる車内では、助手席の知世がガムとか飲み物とかを振る舞うお世話係りをしていた。

後部座席に座るわたしたちも缶コーヒーをもらって、ホッと一息つく。
なんか、嵐が去ったような感覚。


「でも、さ。加瀬くん、やっぱ童貞とか嘘だったんでしょ?」


発した直後、タイヤを軋ませるようなブレーキがかかった。


「ちょっと危ないなぁ! 安全運転してよね! それで加瀬さん、偽装童貞だったのどうなの?」


キーッと目をつり上がらせてドライバーに言ったかと思ったら、知世はシートベルトを最大限伸ばして体ごと後ろを振り返った。


「そんな日本語あんの? つーか、こんだけ童貞連発させるとさすがに食傷気味になるな」


冷静さを取り戻した謙介が、ルームミラー越しにこちらを見る。

まだすこし、下まつ毛をキラキラさせた加瀬くんは、段々落ち着いたら苛々してきてつんけんするわたしを見て、口をvの形にする。


「偽装なんかしてない。この前も言ったけど、あの頃からずっと友のことだけが好きだから」


わたしが手に持っていた缶コーヒーを奪って、カップホルダーに置く。


「じゃあ、記念日って?」
「?」


むすっとして聞いたら、わたしの左手を取った加瀬くんは首を傾げた。


「ほら、ペンネームの由来になった、八月五日。丸川さん、特別な日だって言ってたけど、筆下ろしでもしたのではないかねと思ってだね」
「おめーの頭のなかの引き出しにはそのことしかないわけ? その下ネタ脳どうにかしろ」


謙介からの厳しいジャッジが入る。
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