リリカルな恋人たち
ぴくりと片目だけ引きつらせるように見開いて、一瞬堪えるように息を吐いてから、再び優しく頬を綻ばせた。


「いや、このままでいい。このままがいい」


わたしの顔の両脇に腕をやり、挟み込むような体勢で濃厚なキスを落とす。


「あ!」


虚無感を快楽で補う行為は、すごく短絡的で、狭量で、後ろ暗いけれど。

顔を歪ませる、ドジな男の圧倒的に美しいオス顔に、戦慄するくらい見入ってしまって。

鳥肌が立った。
文頭の、中学時代の思い出ソングを聴いた感傷なんて、どっかに吹っ飛んじゃうくらいゾクッとした。

正直初めての、一夜限りの相手にここまで満たされるなんて。

思ってもみなかったよ。

文頭の頃のわたしはね。


「テレビつけるよ」


情事のあと、わたしは裸のままリモコンを手に取った。


「んー」


彼はベッドにうつ伏せでぐったりしていて、枕に顔を埋めるようにしている。

ふつう、女がそっちじゃない?

ベッドサイドに散らばった服を取ってあげたり、ペットボトルの水とか差し出してあげたりして、なぜかわたしが甲斐甲斐しくしてる。


「週末の運勢です」


窓の外はすっかり真っ暗で、テレビから流れてきたのは夜のワイドショー。

最後の占いのコーナーを凝視しているわたしに、彼が言った。


「占いとか信じるの?」
「耳心地いい結果出るまで、占い雑誌のページめくり続けるタイプ」


ぱちっと目を合わせ、わたしは自分を指差した。
まだ寝そべったまま汗ばんだ肌に薄い布団をかけた相手は、ベッドに肘をついてすこし上半身を浮かせた。


「へえ」


興味深げに呟く。


「どうだった?」
「三十で結婚するって」
「え、そんな具体的なこと言ってた?」


意表を突かれた彼は素っ頓狂な声を使う。
ベッドに足を組んで座り、膝に頬杖をついたわたしは薄く笑った。
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