マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「これで最後だからな」
タコと枝豆の洋風混ぜご飯に舌鼓を打っていると、目の前からそう声を掛けられた。
「大丈夫です。充分お腹いっぱいになるのでお替りは要りません」
混ぜご飯の入った茶碗を置きながらそう答える。
今日の献立にはメインのポークピカタの他にも、グリーンサラダ、ジャガイモのコンソメスープがあって、二人掛けのダイニングテーブルは料理でいっぱいだ。
「ご飯はまだある。最後なのは枝豆だ」
「ああ」
彼が何のことを言っているのかすぐに合点がいった。
期間限定の“模擬結婚生活”を決めたその日、夜になって台風が弱まったのを見計らい、高柳さんの車で荷物を取りに自宅へと向かった。
幸い私の住む地域は停電地帯に入ったすぐで、信号が点いていない大通りはあまり通らずに済んだ。それでも十分に気を遣いながら私の家まで運転をしてくれたのだと思う。
自宅に着くとやっぱり停電中で、停電中の注意事項などが書かれた張り紙が貼ってあるのを見ながら階段で自宅フロアまで上がった。
スーツケースに必要な荷物を詰め込んでいる私に、高柳さんは聞いた。
『冷蔵庫の中身も、持って行けるものは持って行こう』
いつの間に用意したのか彼は保冷バックを持ってきて来て、私に『冷蔵庫開けてもいいか?』と許可を取る。
電気がいつ戻るのか分からないから、冷蔵庫の中身を腐らせないように気を遣ってくれたのだろう。
そんな彼に、『いいですよ』と返事をしたあと『あ、でも』と言葉を続けようとした―――が
『……なにもないな』
冷蔵庫の扉を開いた彼が、呆然と呟いたのが耳に届いた。