マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「忙しいのにすまないな」
パタンと扉が閉じと、彼は私に着席を促しながらそう言った。
「大丈夫です。滞りなく準備は進んでいますので」
「それは良かった」
「はい。ところで、何かありましたか?」
わざわざここに私を連れてきたということは、何かあったのだろう。
目の前の上司から言われることを、少し身構えて待つ。
「東京2020のマラソンと競歩の、札幌開催案が出ているのは知っているな?」
「はい」
「もしそれが決定した場合、今回の企画を札幌でも開催した方がいいのでは、という声が上がっている」
「えっ!」
関東エリアを越え札幌での開催となると、あちらのスタッフとも連携を取らなければならない。
今この時期にこれから新しく、となると一刻も早い対処が必要だろう。残された期間とこれからの段取りを考えただけで眩暈がしそうだ。
色々なことが頭の中を渦巻いて黙り込む。
けれど高柳さんの更なる言葉に、私は大きく目を見開いた。
「それだけではなく、『全国の主要都市での開催を』という声が上から上がっている」
「っ!!」
声を失くした私に構わず、彼は淡々と説明を口にする。
「今は『上からの意見』という段階だが、このまま行くと実際にやることになるだろう。この話はまだ他には漏れていないから、今日の会議では黙っておいていい。もしも企画担当者からそう言った案が出た場合は、『現段階では関東エリアのみの開催予定』だと言っておけばいい」
「―――分かりました」
「会議直前にすまないな―――大丈夫か?」
「―――はい」
固まってしまった私を気遣うように覗きこんできた高柳さんに、私は短く返事をするとミーティングルームを後にした。