マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「企画のことで何か?」

あまり二人きりになりたくなくて、手短に用件を聞こうと思った。長くなりそうならメールで返答しますと言おう。

「冷たいな。付き合っていた頃は初々しかったのに」

「そんなことっ」

何を言い出すのかと焦る。こんなところでわざわざ持ち出すような話ではない。

「仕事のお話で無いのなら、私はこれで」

お疲れ様でした、と通り過ぎようとした時、腕を掴まれた

「っ、」

「話、終わってないんだけど?」

ぐっと引かれ、階段の入口に引き込まれる。ここは廊下からは死角になっていて見えない。

「今日この後、食事に行こう」

「は?」

「定時までどこかで時間をつぶしておくから、一緒に食事に行かないか?」

矢崎さんの彼の体と壁に挟まれて身動きが取れない。掴まれた腕を振りほどきたいのに、体が固まってしまってどうしたらいいのか分からない。

さっきよりも更に近い距離にいるため、顔を上げることすら出来ず目の前にあるネクタイを睨んだ。

「い、行きません」

毅然と断ろうと思っていたのに、声が震えてしまった。
そんな私を彼は「ふ~ん」と軽く流す。

「その様子だとアッチの方はあの頃と変わらないのか」

軽侮するように言われ、「何が…」と反論しようとすると、彼は私の耳元に口を寄せてきた。
首筋に吐息が掛かり、ぞわっと鳥肌が立つ。反射的に彼の胸に手をついて押し返そうとしたが、ビクともしなかった。

「俺と付き合った時、お前、処女だっただろ」

「なっ!」

一瞬で真っ赤になった私を見た矢崎さんは、瞳を細め満足そうに笑う。

顔から火が出そうなほど熱くなって、これ以上彼と話すなんて耐えられない、と思ったその時、矢崎さんの体の向こう側から低い声が聞こえた。
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