マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「何をしている」

ビクリ、と肩が跳ねた。
視線を向けると、高柳さんが階段から降りて来るところだった。

突然掛けられた声に矢崎さんが気を取られた隙を狙って、掴まれていた腕を振りほどいて壁際から抜け出した。

「青水、打ち合せのこと忘れたのか?」

「い、いえ…これから向かうところで」

「俺が彼女を引き止めました。聞きたいことがありまして」

私と高柳さんの会話に割って入った矢崎さんは、完璧な営業スマイルを見せている。

「首都圏第三支店営業部の矢崎さん、でしたね」

「はい。これからよろしくお願いいたします。高柳統括」

無表情のままの高柳さんと、営業スマイルの矢崎さん―――対照的な二人だ

「五輪企画へのご意見ご質問は、社内メールでいつでも受け付けています」

「ええ。先ほどの会議の時にもお伺いしました」

「そうですか」

普通に会話を交わしているだけなのに、なんだか不穏な空気が漂っている。

微妙な雰囲気が漂う二人に挟まれ、私は一刻も早くこの場を立ち去りたくてたまらなくなる。やましい事なんて何もないはずなのに、矢崎さんと一緒にいるところを高柳さんに見られたくなかった。

「打ち合せの時間ですので、失礼します。企画のことは社内メールでお願いします」

矢崎さんに頭を下げてから、「お待たせいたしました、統括。行きましょう」と高柳さんに声を掛け、すばやく階段を二、三歩降りたところで、今度は矢崎さんがこちらに向かって声を掛けてきた。

「さっきの件、メールするから」

その言葉には返事をせずに、私は足早に階段を下りた。


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