マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
目の間には見慣れた紺色のネクタイ。
一番よく身に着けていることから、彼のお気に入りなのだと気付いたのは最近。
「こうしていたら聞こえない。アレが通り過ぎるまでこうしていろ」
鼓膜に直接響く低音に、さっきとは違った意味で背中が震える。
ドクドクと血管が脈打つ音が耳に響いて、心臓がびっくりするくらい早く動いている。
もはや何がなんだか分からなくて、ただ彼の腕の中で固まっているしかない。
腕の中で黙ったまま身を固くしている私を、カミナリを怖がっていると思ったのだろう、高柳さんは手でゆっくりと私の背中を撫で始めた。
ビクッと背中が跳ねる。ジャケット越しなのでその手の感触がダイレクトに伝わるわけではないけれど、彼に背中を撫でられるという事実に眩暈がしそうになる。
(男性と、こんなに密着したことない……)
矢崎さんと付き合っていた時、手を繋いだのが唯一の異性との密着だ。
付き合って何度かデートをした時に、抱き寄せられてキスされそうになったが、反射的に目一杯突き放した。それがきっかけで振られたのだと思っている。
―――遠雷が聞こえる
雷鳴が遠ざかっていくのを、大きな腕の中でじっと聞いていた。