マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「突然いなくなったから探したぞ。何度か掛けたが出ないし」
堂本君が人ごみにまぎれて行った方を見ていると、頭の上から低い声が降ってきた。
見上げると、さっきまでの威圧感はないが明らかに不機嫌な顔をした高柳さんがいる。
手に持ったままのスマホに目を遣ると、着信を知らせるランプがチカチカと点滅していた。
「ごめんなさい」
謝ると、腰に回された腕はスルリと解かれ、何事も無かったかのような距離に戻った。
さっきからずっと飛び出そうなほどに暴れまわる心臓を落ち着かせようと、大きく息を吸って吐く。
「この歳で迷子にはならない、じゃなかったか?」
長い息を吐ききる前に言われた言葉に、また顔が赤くなった。
「掛かって来た電話を取った俺も悪かったが」
「電話、掛かって来たんですが?」
「ああ。『少しいいか』と声を掛けて離れたんだが」
「………」
お腹がいっぱいでぼんやりした頭で考え事をしながら歩いていたせいで、上の空のようだた。
「ほら、行くぞ」
差し出された大きな手に目を見開く。
「また迷子になったら困るだろう」
軽く口元を上げて微笑んだその顔に釘付けになる。
目の前にある大きな手に引き寄せらせるように、ゆっくりとそこに自分のものを重ねた。