マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
しばらく笑い続けた高柳さんは、最後にふぅっと息をつくと目尻に溜まった涙を指で拭いながら笑顔のまま口を開いた。
「はぁ、笑いすぎた……すまん、あお」
私の名を口にしながら顔を上げた瞬間、彼は固まった。
見開いた目で私の顔を凝視した高柳さんは、ハッとした顔になり、突然頭を下げた。
「すまない。笑って悪かった……馬鹿にしたわけではないんだ…でも、笑われた方は嫌だったよな?」
さっきまで目尻を下げて笑っていた人が、今度は眉を下げて申し訳なさそうにしている。
「………いや、とかでは……ありません」
「じゃあ……」
どうして、と困惑する彼から視線を外し、右手の甲で頬を拭う。一筋だけ頬を濡らした涙は、あっという間に乾いた。
「なんで、…なんでしょうね……」
『あの頃を思い出して胸がいっぱいになったから』
そう言えたら何かが変わるのだろうか――
言えるはずもないことを思いながら、私は微笑んだ。
「誰かと一緒に料理をするなんて、久しぶりで楽しかったから――でしょうか」
「……そうか」
そう言った彼が、私の答えに納得してくれたかは分からない。
けれど、高柳さんは「俺もこんな風に笑ったのは久しぶりだ」と目元を緩めたから、私も「それなら笑って貰えて良かったです」と微笑みを返した。
それから何事も無かったかのように、調理を再開した。