マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
(なんで今――)

この場と無関係のその名前が出るのかと、疑問に思った次の瞬間、耳に入った台詞に私は息をのんだ。

「それと今日のやつ。―――他に付き合っていた男は、あとどれくらいいるんだ」

(なっ!!)

勢いよく彼の方を振り仰ぐと、射抜くような瞳とぶつかった。

その強い視線から目を逸らすことが出来ない。
心臓が早鐘のように鳴り、背中からは冷たいのか熱いのか分からない汗が滲み出てくる。

お互い口を開くことなく見つめ合う。それはまるで、時が止まったかのようだった。

(やだ……負けたくない…)

沸々と胸の奥から湧き出て来たのは、そんな想い。

(どんな時でも、言うべきことは言う)

自分の人生を自分の足だけで生きていくと心した時に、私はそう決めたのだ。

高柳さんがなぜ不機嫌なのかは分からないが、誤解していることだけは正さないと。
自分のポリシーに反することは、自分に負けたことと同じだ。

目の前の瞳を見つめたまま、そっと息を吸い込んだ。

「ちがいます」

震えることなくはっきりと告げる。

「矢崎さんとは、入社してすぐの頃少しだけお付き合いしていました」

真っ直ぐに彼の目を見て言う。すると、彼の瞳がピクリと動いた。
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