マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
最初は五輪企画のことに関しての質問のついで、といった感じだった。

【個人携帯に連絡が取れませんが、どうしたのでしょうか】

私はその返信に、プライベートなことには一切触れずに仕事のことだけを返したが、それ以来、何かにつけ【新しい携帯の連絡先を】と最後に付け加えてメールを送ってくるようになり、ここ最近は今回のような端的な文章で、完全に私用のみ。

何かぞわりと寒気がして、思わず二の腕をさすった。

「寒いんですか?雪華さん」

通りがかった幾見君が、数冊のファイルを抱えたまま足を止めた。

「空調きいていませんか?」

十二月に入って日中の気温もグッと下がり、オフィスの空調は既に暖房だ。
普段は忙しくしていると暑く感じるくらいなのに、いつの間にか手足が冷たくなっている。

「風邪じゃないですか?顔色が悪いですよ?」

指先を両手で温めながら「大丈夫」と答えると、幾見君の向こう側にいる高柳さんとなぜか目が合った。

何か言いたげにじっとこちらを見ている。
なんだろう、と首を傾げたところに、突然視界の斜め上から幾見君の腕が横断してきた。

「なっ、何?」

「これ、企画への問い合わせですか?」

幾見君が指差したのはモニターに映し出されたメール。

「え…ええ」

それは一見しただけでは、おかしいことなどないはずのメール。
けれど幾見君は首を傾げながら不思議そうに言う。

「おかしいな。企画の件は俺の方に連絡が来るようになっているはずなんですが……」

企画チーム本部への問い合わせの窓口は幾見君だ。最初の全体会議で配った資料や、事あるごとに回したメールにもそう載せてある。
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