マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「えっと…この人は前の職場の先輩で…だから、私の方へメールが来たのかも……」

「……そうですか」

「これには私が返しておくわ。次回からは問い合わせメールは幾見君の方に送るように確認しておくわね」

「はい」

私の説明に納得したのか幾見君は立ち去った。

ふと視線を感じてそちらを向くと、高柳さんと目が合う。

(何か?問題案件でも起こったとか……?)

物言いたげな瞳にそんなことを想像して、さっきとは違う意味でぞっとした。
職場で彼に怒られるより恐ろしいことなんか無い。ここでの彼は、真に鬼上司だ。

ピタリと合わさった瞳は、数秒後逸らされた。

(特に何も無かった――?)

高柳さんは既にデスクに瞳を伏せ手元の作業に集中しているようで、もうこちらに向けられることはなさそうだった。

私はメール画面を閉じ、作りかけだった資料のファイルを開いた。


十一月前半の企画拡大作業に追われた後は、割と通常運行でここまでやってきた。

五輪企画【TohmaBeer(トーマビア)-Hopping(ホッピング)】は、新年早々に行われる決起会を皮切りに本格始動する。
今は決起会の準備をしつつ、始動後の進行の確認やそのための根回しなどをする、言わば段取り期間なのだ。特に問題は起きていない。

矢崎さんのことは誰かに相談するつもりはない。
ここは会社で、この問題は私のプライベートで、職場にそれを持ち込むなんて出来ない。

仕事にプライベートを持ち込むことが嫌いな鉄壁上司には、余計に言えるわけなかった。


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