マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「高柳統括!」

「こんな往来で何をやっている、幾見」

驚いた声を上げた幾見君に返事をする高柳さん。こちらに向いた彼の視線を感じるが、私は俯いたまま顔を上げられない。

「それと第三の矢崎さん」

そう言った声は、いつにも増して低く硬い。

「こんな会社の近くの往来で大きな声を出す―――それがどういうことか、あなたもお分かりですよね?」

「……チッ」

短く舌打ちをした矢崎さんは踵を返し、あっという間に人の波に消えて行った。


「すみません…高柳統括」

高柳さんに向かって頭を下げた幾見君に驚いて、私は彼を振り仰いだ。

「幾見君が謝ることないっ…あなたは私を庇ってくれただけだもの………申し訳ありませんでした」

後半の言葉は高柳さんに向けて言った。
勢いで顔を上げた先にいるその人と瞳がぶつかる。

さっき彼の声を聞いた時に沸いたのは羞恥心。こんなみっともないところ、彼には見られたくなった。

けれどそれと同時に、彼の存在に大きな安堵感を覚えたのも嘘ではない。それは私の瞳を潤ませるのに十分だった。

目が合ったら泣いてしまうかも思ったが、今彼の顔を見た瞬間、滲んでいた涙が引っ込んだ。こちらを見る高柳さんが凍るような瞳をしていたからだ。
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