マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~

《夕方から夜にかけて寒気が流れ込み、発達した雪雲が発生し平野部でも積雪の恐れがあります》

つけっぱなしにしていたテレビの向こう側でアナウンサーが喋っている。正月特有のバラエティ番組の合間を縫ったニュースだ。

(明日もし雪が積もったら高柳さんは帰って来れないかもしれないわね)

彼は今、実家に帰っている。年始のご挨拶だ。

『同じ都内だから日帰りにしようか』と呟いていた彼に、『それだとご家族が寂しがりますよ』と言うと、じっとこちらを見つめた後、無言で頭を撫でられた。そして明日には戻ってくると言って今朝早く出掛けて行った。

ガランとしたリビングに一人。ソファーを独り占めできるし変な緊張もしなくていいから楽なはずなのに、なぜか落ち着かない。

「伊達巻、美味しかったな」

元旦に一緒に食べたおせちを思い出す。
高柳さんの作った伊達巻は出汁が利いた甘さ控えめの味で、昨日はうっかり一人で一本まるごと食べてしまいそうになった。見かねた高柳さんが新たに追加分を焼いてくれて、それもさっきの昼食で食べきった。

料理とお酒の感想を言い合うのはもうすっかり二人の間で定着していて、たまに意見が真反対でぶつかり合った時、高柳さんはなんだかんだと言いながらも結局は私に合わせてくれるのだ。

テレビの画面はいつの間にか切り替わり、華やかな衣装を着たタレントが楽しそうに喋っている。ぼんやりとそれを眺めていると、ふと、母の写真が目に入った。

「お母さん……」

思えば誰かと年越しを一緒に過ごしたのは、母が亡くなったその年以来だ。

母を亡くして初めての年越しは、心配した佐知子さんに半ば強制的に家に招かれ遠山家にお世話になった。
けれど私が居たのでは佐知子さん夫婦が自分たちの実家に帰省できない。そのため、翌年からは何度勧められても断り続けた。まどかも同じように言ってくれたが、それも断った。

優しい彼女たちは心配そうに私を見ていたけれど、

『私はひとりでも平気』

いつもそう口にした。

そうやって自分自身に暗示を掛けているうちに、本当に平気になった。

―――そう思っていた。


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