マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
勢いよく踵を返したから境内の玉砂利が派手に音を立てた。
背中から人の壁越しに名前を呼ばれたような気がしたけれど、人の間を無心で走り抜けたからよく分からない。
参拝客の流れに逆らいながら神社から飛び出して、そのまましばらく走っていた。
神社の賑わいが届かない場所まで来て足を止めた時、私の息は随分上がっていた。
「はぁはぁっ」
膝に手をついて息を整える。こんなに走ったのなんていつぶりだろう。
(“ゆきちゃん”か……)
見たこともない笑顔で女性に笑いかける彼を初めて見た。
その笑顔を向けられたのは私と同じ呼ばれ方の人で――でも私は彼にそう呼ばれたことはない。
彼は私のことをいつでも『青水』と呼ぶ。職場だろうと家だろうと、“いつでも”だ。