マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「分かっているわ」

「いいえ、雪華さんは分かっていません」

低く絞り出すようにそう言った幾見君は、眉間に皺を寄せ苦いものを噛んだような顔をしている。

「雪華さんは知らないでしょう?統括は…、高柳統括には……」

言い辛そうに持って回った言い方をする幾見君に、「高柳統括がどうかしたの?」と訊く。
次の言葉をじっと待つ私に、幾見君は下げていた視線を持ち上げ私を真っ直ぐに見た。

「政略結婚の相手がいるそうです……」

「政略……結婚?」

「はい。常務のお嬢さんとお見合いしたらしいと、噂が……」

「噂……なのよね……?」

「でもっ、……受付の子が見たと」

「何、を……?」

「常務と振袖姿のお嬢さんが、……高柳統括と一緒にホテルのレストランにいるところを」

ガツンと頭を殴られたようなショックが走った。

「目撃した子が言っていました。統括は会社では見ないような優しい顔だったって。笑いながら常務のお嬢さんと話していたって――」

あの日の光景が甦る。

「相手の、常務のお嬢さんも綺麗な人で――」

神社の境内で見た高柳さんと着物の女性。
彼はその人のことを『ゆきちゃん』と呼んで――

「遠くて会話までは聞こえなかったらしいんですが、相手の方も常務も楽しそうにしていて、とても円満なお見合い風景だったと――」
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