マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
始まってからしばらくの間、会が円滑に進んでいるか様子を見ながら色々な人のところへ挨拶に回った。
高柳さんとは別行動なので一緒の輪で話すことはない。むしろ本部の人のいない所や単独でいる人を探して声を掛けていたので、彼とは一緒になっていない。けれど、人の輪の中に居てもなぜかそのうしろ姿が目について、そちらを見ないようにすることに気を遣う。
そして、私が気を遣うもう一つの原因は――
「主任――大丈夫ですか?」
そっとすれ違いざまに幾見君が声を掛けてくれる。
「ええ。今のところは何も。私も気を付けているし」
一瞬だけ視線を向けた先には、矢崎さんの姿があった。
あれ以来、矢崎さんと顔を合わせるのは初めてになる。
幾見君は警戒してくれているが、こんな人の多い、しかも重役や社長まで揃った場所で、プライドの高い矢崎さんが自分の不利になるようなことをするとは思えない。
「そんなことよりも今はこの会が大事よ?」
「分かってます…でも」
「大丈夫。さ、私のことはいいから」
渋る幾見君を促すように会場の輪に戻し、私もまた別の輪へと足を向けた。