マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「そうですね」

そっけない台詞にまた黙りそうになるが、元営業の意地がそれを阻む。

「傘を持ってこなかったので送って頂けて助かりました」

「いえ」

返ってきたのはさっきよりも短い返事。すぐにしーんと車内が静まり返る。
私は慌てて次の会話を探した。

「紀一さんとは職場がご一緒なんですか?」

そう私が聞くと、さっきまで前だけを見ていた彼が一瞬チラリとこちらに視線を向けた。
すぐに前に向き直った彼は、ふっと短く息をつくと「今は別の部署ですが、以前ご一緒させて頂いていました」と言う。

(え?声がワントーン下がった??)

何か彼の気分を害すようなことを言ってしまったのだろうか。
私は少し焦りを覚える。

「そうだったんですね。職場はどの辺りですか?」

「……今は隣県ですが、来月から都内にある部署に異動に」

少しの間を空けて答えた彼の声は、まだ低かった。

「お引越し大変ですね」「いえ」と短い遣り取りをした後、またしても車内が静かになる。

(なんか…もしかして、会話を続けるのを拒まれてる?)

一年半のブランクがあるとはいえ、これでも元営業部員だった私は、だんだんと意地になってきていた。

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