マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
今、俺の腕の中には、すやすやと眠る雪華。
泣き疲れて眠ってしまった彼女のまつげに、小さな水滴が残っている。それをそっと指で払ってやると、くすぐったかったのか少しだけ眉を寄せたけれど、すぐにそれは解かれ、また気持ち良さそうに寝息を立て始めた。その頬はほのかに赤い。
(また少し熱が上がったか…)
抱きしめているから、彼女の体温が高いことが分かる。
三日前に出た高熱は下がったように思えたが、まだ完治ではないのだろう。やっぱり明日は休ませるべきだな、と思いながら眠る彼女の顔を眺めた。
(よく見るとあまり変わっていないな)
あの雪の日、俺に向けて瞳を閉じた顔。
白い肌、小さな額、長いまつげ、すっきりとした輪郭。
綺麗な大人の女性に変貌した彼女に最初は気付かなかったが、一緒に生活していく中で化粧をしていない素顔や眼鏡の姿を見るうちに、なんとなく『もしかしたら』と思い始めるようになった。
あの時、すんでのところで踏みとどまった口付けを、八年近くの年月を経てするなんて思いも寄らなかった。
軽く重ねただけのその唇は、思っていたよりもずっと甘くて、何度でも味わいたくなる。
もっともっと、と貪欲に彼女の唇の奥を求めてしまいそうになるのを、敢えてぐっと堪えた。
(元気になったら、もう遠慮はしないからな、雪華)
心の中でそう宣言すると、眠る彼女の額にもう一度、そっと唇を押し当てた。
【了】