マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~

《二》





金曜日の仕事上がり。私は今、高柳さんが運転する車の助手席に乗っている。
行先は聞いていない。『今日は外で食事をしよう』と言われ、それに肯いただけ。

正直どこで何を食べるかなんて気にする余裕は今の私にはない。
なぜなら、今日は二月十四日、バレンタインデー。
決戦の日だから、だ。


(まどかはあんなこと言ってたけど……)

本人よりも俄然やる気を出した彼女は、勝手にアレコレと計画を練り、私に様々なお節介(アドバイス)をくれた。【初めてさんの手作りバレンタイン】という本を持たされた私は、彼女が教えてくれたレシピとその本で何度か練習をしてから本番に挑んだ。

私が人生初手作りしたのは“トリュフ”だ。
お酒が好きな高柳さんに合わせてウィスキーを入れ、あまり甘いものが得意ではなさそうだったので、ビターチョコレートにコーヒーを入れて作った。
一応たぶん成功したと思われるそれをラッピングし、今は鞄の中に忍ばせている。

これから自分がやろうとしていることを思い浮かべただけで、心臓が一気に早くなる。右側ばかりを意識してしまうのに、そちらを見ることが出来なくて、横の窓から外を眺めてばかりいる。けれど景色はただ流れていくだけで、全然見てなどいない。

膝に置いた鞄の持ち手を両手でぎゅっと握っていると、隣から声を掛けられた。

「疲れているのか?」

「え?」

反射的に右に顔を向けると、ハンドルを握っている高柳さんがちらりと一瞬こちらに視線を向けた。再び前を向いた彼はそのまま口を開く。

「さっきから黙っているから。疲れているなら眠っていてもいいぞ?」

「……大丈夫です。ちょっとぼんやりしてただけですから」

「そうか?」

「はい」

肯いた私に「でももし眠くなったら気にせず寝てていい」と言い、気を遣ってくれたのか高柳さんはそれからは黙ったまま運転していた。
< 272 / 336 >

この作品をシェア

pagetop