マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
それからすぐに運ばれてきた料理を前に『改めて、誕生日おめでとう』と高柳さんは言ってくれて、それまでの少しだけ重たい雰囲気を払拭するかのように明るい口調で会話をしながら食事を楽しんだ。
お料理は本格的なフレンチで、目の前に置かれる皿の料理は、どれも美しくとても美味しかった。


食事を終えて店を出る。いつのまに支払ったのか会計はなく、私がおずおずと「食事代、払います」というと、少し困ったような顔で「誕生日だから大丈夫」と断られた。あんな素敵な場所でのすばらしい料理。私には予想もつかない値段になったのではと思い、おごってもらうのは申し訳なかったけれど、ここで私がお金を出すと誕生日プレゼントを突き返すことと同じになるかもと、おとなしく「ありがとうございます。ごちそうさまでした」と頭を下げた。すると彼はなぜかすこし困ったように微笑んだ。

最上階にやってきたエレベーターに乗り込む。降りてきた人はいたけれど、私たちのほかに乗る人はいなかった。

エレベーターの扉が閉まると同時に私はもう一度高柳さんにお礼を言う。

「あの、今日はありがとうございました。それと…ごめんなさい、誕生日のこと言わなくて。私、自分の誕生日のこと、すっかり忘れてしまっていて……でも…こ、恋人にお祝いしてもらえるなんて初めてのことなので、本当に嬉しかったです。素敵な誕生日になりました。本当にありがとうございます」

行先ボタンを押そうとしていた高柳さんの指がピタリと止まった。
黙ったまま動かなくなった彼に「高柳さん?」と声をかけると、ゆっくりと行き先ボタンを押した後、彼は私の方へ顔を向けた。

「まだ終わりじゃない」

「え?」

「誕生日はまだ終わってないぞ?」

「え?」

(確かに誕生日(きょう)が終わるまでまだあと三時間はあるけど…?)

そんな疑問が頭に過った時、エレベーターの到着を知らせる音が鳴った。
やけに早い到着だと思い顔を上げると、操作盤の液晶には【67】と表示されている。ドアが開きかけ、誰か乗ってくる人がいるのだろうと奥に詰めようとしたところで、さっと手を取られた。

「行くぞ」

「あ、」

開いたドアの向こう側には誰もおらず、私は手を引かれるがままエレベーターから降りた。




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