マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
カチャリ――
ドアの開く音に反射的に立ち上がる。その拍子に膝の箱がコロンとソファーの上に転がった。

バスルームから出てきた彼の姿に、ひときわ大きく心臓が跳ねた。

仕事中はかっちりと後ろに流してまとめられていた髪はシャワーで流され、額は濡れた前髪に覆われている。軽く片手で前髪をかき上げる仕草からは色香に満ち溢れ、ぞくっとするほど(なま)めかしい。
大きく開いていたガウンの襟元から見える胸元は広く逞しく、そこに釘付けになっている自分に気付いたら頬が熱くなり、何とかそこから視線を引き剥がした。

「綺麗だな」

「は、はい…素晴らしい夜景です、ね」

不埒な視線に気づかれたくなくて窓の外に向ける。ゆっくりとこちらに歩いてきた高柳さんは私の隣で足を止めた。

「確かに夜景も素晴らしいが、俺が言ったのはそのことじゃない」

「え?」

「俺は、雪華が綺麗だと言ったんだ」

驚きに目を見張る。

「そ、そんなことありません…こんな格好だし……」

今日は決戦(デート)の為にいつもよりも気合を入れてきた。
けれど今、その洋服は脱いでしまってガウン姿だし、顔に至ってはスッピンだ。

今の自分を見られることが急に恥ずかしくなって俯いてしまう。一緒に暮らしていた時にはパジャマ姿もスッピンも見られていたというのに――

「どんな格好でも雪華は雪華だ。いつも綺麗で可愛い」

「っ、」

「もちろん、さっきのワンピースもよく似合っていた」

高柳さんの口から繰り出される甘い言葉の数々に、朱に染まっていた頬がますます赤くなっていく。俯いたまま上げられなくなった顔に、すっと大きな手が差し伸ばされた。
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