マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
ビクリ――
自分でも思いがけず大きく肩が跳ねた。
「や、…あ、あの」
すぐ目の前で止まっている彼の手を見ながら何か言わなければと口を開いたものの、言葉が出てこない。
(どうしたら…なんて言ったらいいの……?)
途方に暮れかけたその時、その手が目の前からフッと消え、頭の上をポンポンと軽く叩かれた。
顔を上げると、困ったように微笑んでいる高柳さんと目が合った。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だ。雪華が心配しているようなことは何もしない」
頭を撫でながら彼が言った言葉に、私は「え?」と目を見張った。
「ホテルの部屋を取ったのは、明日このまま横浜を一緒に見て回ろうと思ったからで、ほかに深い意味はない。そうだ、明日朝起きたら一緒に海を見ながら散歩をしてみないか?昼は中華街で食べるのもいいな」
最後の方は努めて明るい口調で言った彼は、そのあとはじっと私の反応を伺うように見つめていた。けれど、彼の顔を見上げたまま息を詰めている私を見ると、ふぅっと短く息をつき、眉を下げて困った顔をした。
「今日は疲れただろう?明日に備えて今夜はしっかり眠ろう、な?」
彼の瞳の奥がどこか頼りなげに揺れている。それは、仕事でもプライベートでもいつも迷いがない彼の、これまで見たことのない姿だった。
(もしかして緊張していて変な態度をとったのが、そうなるのを嫌がってるように見えてたの…?)
今日だけで何度も見た、困ったような微苦笑――
あれは私の心境を伺うものだったのだ。
「もう寝るか」
高柳さんはそう言うと、私にくるりと背を向けた。そしてベッドの方へと足を一歩踏み出しそうとしたその瞬間――
「貰ってくださいっ!」
ソファーの上に転がっていた箱を素早く掴み、私はそれを彼に向って突き出した。