マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
あれは、もう二度と会うことはないと思っていた幼馴染みとの思いがけない再会。
彼女は幼いながらも『けっこんする』と誓った初恋の人だった。
再会した時すでに彼女には婚約者がいて、一か月後には結婚すると聞かされた。あの約束は叶えられることはない。
頭で考えるより先に体が動いていた。
彼女には幼い時の約束に縛られることなく幸せになってほしい。心の底からそう思った。
けれどそれは俺にとっては、心の奥にしまっておいたものを手放す時が来たということ。
心の奥底にずっとしまっていた宝物のような気持ち。それが俺にあの衝動をもたらした。
“千本針”――約束を破った人が飲む。そんな幼い誓約はとうに無効だと、頭の片隅に過ったが、俺と彼女―ゆきちゃん―にとっては必要なことだった。
俺がとった“衝動的行動”は“千本針”の代替品。誓約を白紙に戻すための儀式。
きっともう会うことはないだろうが、いつかまた会えたら俺も彼女に『幸せだ』と胸を張って言える自分でいたいと思った。
それが叶ったのは今年の正月。
実家に顔を出した帰りに、たまたまふらりと通りがかった神社で彼女とばったり出会った。あの時婚約者だった人が夫となり、子どもが一人いるという。そして新たに命が宿り、その安産祈願のお守りを買うのだと言う彼女は、とても幸せそだった。
その笑顔を見た時、俺は『幸せそうで良かった』と心から思えた。そしてそう思える自分が何より嬉しかった。そう思えた一番大きな理由は、自分にも“幸せにしたい相手”が出来たことだろう。
奇しくもその相手は初恋の人と同じ音の名前だった。