マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
一通りの家事を終え、身支度を済ませると、家を出ようと決めていた時間のちょうど十分前。

(うん、ばっちり)

姿見で今日の自分の出来上がりを最終確認した私は、外出前の日課である、その場所へ足を向けた。

壁際に置かれたロウチェストの前に立つ。
そこに置かれているフォトフレームを前に、手を合わせ、静かに目を閉じた。

(おはよう、お母さん。今朝は久しぶりに懐かしい夢を見たわ)

チェストの上には二つの遺影と位牌。それは私の父と母のものだ。

古びた写真の中の男性は、今の私より少し上くらいの年で爽やかな笑顔が印象的。母が一番気に入っていた父の写真だ。
父が亡くなった時、私はまだ五歳だった。幼い頃の記憶はおぼろげで、父のことはあまり覚えていない。ぼんやりとした記憶の向こう側で、幼い私は父の膝の上か腕の中にいた。優しい父に私はすごく懐いていたらしい、と後で母に聞いた。

父が亡くなってから女手一つで私を育ててくれた母。
明るくて逞しくて、厳しくて優しい。そんな母は、一人で父の役目まで背負って必死に私を育ててくれた。そして私はそんな母が大好きで、尊敬していた。

父と母には親戚はおらず、私はどちらの祖父母の話も聞いたことは無い。どうしてなのか聞いてみる前に母も亡くなってしまった。

(これから佐知子(さちこ)さんと会ってくるの。帰って来たらまた、佐知子さんとの話を報告するわね。)

瞳を開けると、写真の中の母と目が合った。
大きな口を開けて楽しそうに笑う母。彼女らしいこの写真は私の大好きな一枚だ。

「行ってきます」

声に出してそう告げると、鞄を持ち、家を出た。



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