マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
《三》
三
ハンバーグの材料をスーパーで買った後、俺たちは帰宅した。
彼女がここにやってくるのは半月ぶりだ。先週は俺が出張に行っていて、帰ってきた日曜日に俺の方から彼女の家に顔を見に行った。平日は仕事で遅くなることが多いからあまりゆっくり会うことは出来ない。
「ううっ、沁みます……」
すぐ横で野菜を洗っていた彼女が、眉間に皺を寄せてうなった。
「切っている本人は平気そうなのに、なんで私だけ……」
俺の手元をちらりと見た雪華が恨めしそうに言う。
玉ねぎのみじん切りが目に沁みているらしい。「ううっ」と唸りながら瞳を閉じたり開いたりする。レタスを洗っている途中なので、目を手で擦ることが出来ないようだ。
「いいなぁ滉太さんは。背が高くて」
そういいながら涙で潤んだ瞳をしかめ、恨めし気に見上げてくる彼女。生理的な涙と分かっているのに煽られてしまうのは男の性(さが)か、はたまた無自覚に小悪魔な彼女が可愛すぎるのが悪いのか――
「タマネギの射程距離の外なんでしょうね……」
むぅっと難し気な顔をした後、彼女はもう一度瞳をギュッと閉じた。
長い睫毛が白い肌に影を落とす。
反射的に腰を折り彼女の唇に自分のものを重ねた。
軽く下唇をちゅっと啄んで離れると、雪華は大きく目を見開き動きを止めていた。彼女の顔に再び顔を寄せ、その瞳の淵に溜まっていたしずくを軽く吸う。唇に付いた涙を舌で舐めると少ししょっぱい味がした。
「な、なっ……」
みるみる雪華の顔が赤くなっていく。
「真上よりも横に飛ぶのかもな」
まな板に置いた包丁をもう一度持ち直し、みじん切りを再開させる前に雪華の方を見る。まだ赤い顔のまま固まっている彼女に「みじん切りの間はソファーで休んでて」と言うと、返事もせずに手を拭いてふらふらとソファーの方へ行った。