マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
普段は真面目なのに、時々予測のつかない行動をとる雪華に俺はいつも翻弄される。それすらも愛おしいと思えてしまう俺は、きっと彼女に心底惚れているのだろう。彼女に対して甘すぎることは自覚している。
気持ちを確かめ合い正式に恋人同士となってから一週間後、雪華は思いもかけないことを俺に言った。
『自宅に帰ります』
思いも寄らない彼女の宣言に俺は目を見開いた。なぜ、という疑問が心の中に湧き上がる。
(恋人になった途端離れる?)
(俺と一緒に暮らすのは嫌なのか?)
(弱っているときに構いすぎたのが重たかったのか?)
様々な疑念が心に浮かび上がる。
職場で一緒でも、それは上司と部下として。恋人同士の時間を少しでも多く持ちたいと思うのは俺だけなのか。いや、彼女にも自分のプライベートの時間は必要だろう。
『なぜだ』
自分でも驚くほど硬く低い声が出た。
複雑な心境の中から出た短い問いに、彼女は『模擬結婚生活も終わりましたし……』と返す。
『でもこれからは恋人同士だ。これまで通り一緒に暮らすのは駄目なのか?』
すると少しの間黙って逡巡した彼女は、
『いったん自宅に戻って、普通の恋人同士からやり直したいんです』
そう口にした。そして『……だめでしょうか?』とおずおずと俺を見上げてくる。
透き通るような白い頬を紅潮させ大きな瞳を潤ませた彼女の顔に釘付けになった。
気付いたら首を縦に振っていた。一生の不覚だった。