マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~

《二》





その日、私が帰宅したのは七時前。こんなに早い時間に帰宅したのはいつぶりだろう。
いつもは週初めから八時以降の帰宅になることは当たり前なのに、今日は定時と共に職場を後にした。

原因は高柳滉太。
彼のせいで今日一日、仕事が全く手に着かなかったからだ。

(まさか、高柳さんがホールディングスの人だったなんて!!)

今日は一体、何度この台詞を叫んだだろう。
あくまで口には出さずに心の中で留められた自分を褒めてやりたい。



『高柳君。こちら商品部一課主任の青水くんだ。青水くんは今回の企画の発案者でもある。』

高柳さんを伴って私のデスクまでわざわざやってきた浅川部長に、慌てて立ち上がる。

『はじめまして、高柳です』

先に言われた自己紹介の言葉に、開きかけていた口をむっとつぐんだ。

(『はじめまして』……)

私を見下ろすその顔は、少しも崩れることは無くピクリともしない。
同じようなシチュエーションがあったことは記憶に新しい。

(もしかしてあの時の“お見合い”が私だって気付いていない?)

いや。大学生のことならともかく、少し前に会った時の私とはさほど変わりはない。
“お見合い”の席ではしっかり名前も名乗っていたし、“青水”なんて珍しい名前だから他の人と混同することもないだろう。

(ああ、そうか。きっと私と会ったことを知られたくないのね……)

はじめまして(・・・・・・)、青水雪華です。五輪特別企画はここにいるメンバーみんなで考えたものです。これから色々とご意見ご指導、よろしくお願い致します」

口の端を軽く持ち上げ、瞳を柔らかく細める。
営業時代に取引先から最も定評のあった営業スマイルを彼に向けた。


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