マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
 以前私が熱を出したときに、彼がしてくれたことを思い返す。

 食事は梅干しのおかゆに始まり、中華がゆ、卵雑炊、リゾット――まるで米の七変化だった。
 飲み物だって市販のスポーツドリンクだけでなく、ホットミルクやレモネードなどをこまめに作ってくれて、間食にはアイスや果物まで出してくれた。まさに至れり尽くせりだ。

 今度は私の番だと気合を入れたのはいいものの、これと言ってできることが見当たらない。おかゆは炊飯器任せだったし、レモネード用のはちみつ漬けは滉太さん本人の作り置きがある。

 さっきからずっとなにか私にもできることがないかと考えながら、キッチンやリビングをうろうろしているのが現状だ。

 ひとまず滉太さんになにか食べたいものを聞いてみようか。それで必要な物があれば買いに行ってこよう。

 寝室をのぞいたら彼はよく眠っていたため、静かにリビングへ引き返した。

 テレビの黒い画面に映った自分の姿にため息が漏れた。エプロンをつけて腕まくり。気合だけが空回っている。

『ますます裕子(ゆうこ)さんに似てきたわね、(ゆき)ちゃん』

 母の親友であり、私にとっては身内のような存在の佐知子(さちこ)さんからそう言われるのは、誇らしくてうれしかった。

 母のように強くて優しい女性になりたい。

「こんなときお母さんならどうしただろう」

 熱を出したときに母からしてもらったことを考えてみる。ずっとふたをしていた記憶だ。

 母が亡くなってからというもの、私は少しくらいの熱では寝込まなくなった。看病してくれた母がいないことが悲しくて、余計につらくなるからだ。

 数ヶ月前に久々に熱を出したのは、きっと滉太さんがいてくれたから。

 思い出すと羞恥に悶えそうになるほど甘えてしまったことがよみがえり、頬がじわりと熱くなった。
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