マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~

 数分後、滉太さんは空になったお椀を私に差し出した。

「ごちそうさま。うまかったよ」

 熱のせいなのか、いつもよりもほんの少し幼く見える彼の笑顔に、胸が甘い音を立てる。
 そんな顔されたら、できることはなんだってやってあげたくなる。

 おかゆはどうにか成功したみたいだから、次は何をしたらいいだろう。飲み物はさっき出したものがまだあるし、次はデザートがいいかな。

 あれこれと考えていたら、お椀を持つ両手の上から大きな手を重ねられた。

「ありがとう、雪華」

 私の手をぎゅっと包むように握り、彼は少年のように無邪気な笑顔を浮かべた。

「どどど、どういたしまして!」

 笑顔がまぶしすぎる!

 体調が悪い滉太さんが、いつにも増して輝いて見えるのはなぜだろう。熱のせいでなにかの栓が緩んでいるの?

 いや、緩んでいるのは私の頭のネジの方かも。

 今まで滉太さんがこんなふうに弱っているところを見たことがなかった。
 職場では全方位どこを探しても隙なんてひとつも見当たらないエリート上司で、家に帰ると甘くて優しい恋人なのだ。
 オンもオフも完璧な人が甘えてくるという非日常に、私の脳内回路がバグを起こしたに違いない。

 あと一歩でキュン死確定だろうと悶えていたら、彼が自分の腕をくんくんと嗅ぎだした。

「本当はキスしたいところだが、さすがに移したくないから我慢だし……かなり汗をかいているからハグもなぁ」

 シャワーしようかなというつぶやきに、彼がふらついていたことを思い出す。そんな状態でシャワーをするのは危険だ。

 お風呂はもう少しあとにしたら、と口にしようとした瞬間、頭の中で親友の声が響いた。

「体を拭いて着替えたらさっぱりするんじゃない?」

 気がついたらそう口にしていた。

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