マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「そのタオルで拭いたらいいのか?」
「あ……」

 彼は私からタオルをもらおうとしていただけなのだ。
 このまま渡してしまおうかと一瞬思ったが、慌てて(かぶり)を振る。

 いけない! ここで引き下がっては彼のよき妻になんてなれっこないわ。

 タオルを握りしめベッドに片膝をついた。
 彼の方へ乗り出すようにして、タオルを肩に当てる。

「雪華、自分で――」
「タオルが冷たくなったら教えてね」

 彼の言葉を遮るように早口で言い、手前の腕から拭き始めた。
 片腕が終わったら次は反対側。
 目の前の体に意識を全部持って行かれそうになるたびに、熱いお湯にタオルを浸す。
 なんとか背中も拭いた。とうとう最後――前身だ。

 ごくんとつばを飲み込んで、絞ったばかりのタオルを握りしめる。
 鎖骨の上にタオルを当てたら、すぐ下の固く盛り上がった大胸筋が目に入り、心臓が大きく跳ねた。

 このたくましい胸にいつも……。
 あらぬことを思い出したせいで顔が見る見る赤くなる。
 だめよ雪華! 余計なことを考えていては!

 のろのろしていたら、体が冷えてしまう。せっかくよくなりかけているのに、逆に悪化させるわけにはいかない。

 心頭滅却煩悩退散……!!

 心を無にしてせっせと手だけを動かした。
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