マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「ありがとう、すっきりしたよ」
新しい肌着とパジャマに着替えた滉太さんはそう言って、笑顔を向けてくれた。さっきより顔色はいい気が、いつもよりも目力が弱い。
「薬を飲んでもうひと眠りしてね」
タオルとボウルを手に立ち上がったら、滉太さんが足元に視線を落とした。
「さっきから気になっていたんだが、その紙袋は?」
「ああっ!」
幾見君から受け取った紙袋だ。サイドテーブルの脇に置いたまますっかり忘れていた。
慌てて中身を取り出しながら幾見君が来たことを話す。
「そうか、幾見が。鬼のかくらん、とでも言っていたんじゃないのか?」
「まさか。滉太さんのこと、とても心配していたわよ。自分のせいだってずいぶん気にしてたし」
彼はああ見えて意外と義理堅いところがあるのだ。元気になった滉太さんの姿を見るまでは、そわそわと落ち着かないでいる気がする。
鋼鉄の甲冑をまとった高柳統括のそばに控えるふわふわな忠犬。そんなふたりの姿を想像して思わず「ふふっ」と笑う。
「幾見君もかわいいところがあるわね、こんなにたくさんお見舞いをくれて。あ、プリンもあるのよ。食べる?」
両手に持ったプリンとスプーンを見せながら尋ねたが、なかなか返事がない。
「滉太さん?」
おかゆを食べたばかりだからお腹いっぱいなのかな。体もすっきりしたから今は横になる方がいいのかも。
「やっぱり後からに――」
「食べる」
「そう? 無理はしない方が」
「いや、大丈夫。せっかくだからいただくよ」
目を細めて口の端を持ち上げたいつもの笑顔に、一瞬違和感を覚えた。
別に特段おかしなところはない。
『青水にならできると思うが』と言いながら、難易度の高い仕事を寄こすときに見せる顔である。
ん?
仕事……?
「ああ!」
その表情は職場でしか見ないものだと気づいた瞬間、手首をつかまれ力強く引かれた。