マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「きゃっ」

 バランスを崩してベッドに倒れ込んだ。ちょうど滉太さんの膝の上だと気がついて、慌てて起き上がろうとしたが、反対の手がしっかりと腰を押さえている。

「ちょっ……滉太さん!」

 プリンのふたを開ける前だったからよかったものの、そうじゃなかったらこぼしていた。
『急になにをするの』という気持ちを込め、じろりと睨む。

「プリンを食べる」
「うん。だから下ろして」
「いやだ」

 真顔で即答されて、思わずぽかんとする。その隙に横向きに抱き直され、大きな腕が腰にがっちりと巻かれた。
 
「プリンが食べたい」

 なにそれ! キュン即死ものですけど……!
 小首をかしげて顔をのぞきこまれ、息が止まりそうになった。

 大きな犬がご主人を見つめるようなキラキラとした瞳で見つめられ、心臓を撃ち抜かれる。キュウゥンと鳴く声が聞こえてきそう。

 幾見君ならいざ知らず、滉太さんがそんな仕草で甘えて来るなんて思いもよらなかった。かわいいにもほどがある。一周回って“猛犬注意”だ。

 脳内で悶え転がりながら気がついた。
 間違いない、これは『食べさせろ』ということだ。
 『あーん』しろって言うの? この体勢で?

 耳の奥に『青水ならできると思うが』という声が響き、くらりとめまいを起こしそうになった。

 おかゆのときよりも難易度が上がっているが、これくらい平然とこなさないと。彼の妻になるのだから。

 必死に自分を鼓舞し、プリンの瓶をぎゅっと握りしめる。
 意を決してふたを外し、ひとさじすくって彼の前へ差し出した。

 蕩けるような柔らかいプリンは、少しでも動かしたらすぐにこぼれてしまいそう。ただでさえ大きく脈打つ鼓動で手が震えそうなのに、滉太さんはスプーンの先をじっと見つめたまま動かない。

「あ、あのっ」

 食べないの? そう言いかけたところで、彼がぱくりとスプーンに食いついた。

 伏せられたまつげの先がすぐそばにある。ふうっと息を吹きかけたら揺れそうなほど長い。

「うまいな」

 顔を上げた彼は、私を見て満足そうに微笑んだ。
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