マリッジライフ・シミュレイション～鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい～

「でも、私がするのは心配まで。幾見君の看病なんてしないわ」

　自然と手が目の前の頭に伸びた。
　優しく撫でると彼が恐る恐る顔を上げる。

「すまない、つまらない嫉妬をしてしまった」

　いつも男らしく真横に伸びている眉を下げ、熱で潤んだ瞳で許しを乞うように見つめてくる。
　胸がきゅうきゅうと甘く絞られ、愛しさがあふれ出してきた。

「つまらない、なんてことはないわ。でもこれだけは覚えておいて。私がおかゆを作るのも体を拭くのも滉太さんだけよ」
「俺だけ……」
「ええ。こうしてプリンを食べさせてあげるのも、です」

　プリンを乗せたスプーンを差し出す。
　彼は一瞬目を見張ったあと、ほころぶような笑みを浮かべてぱくりと食べた。

「うまい」
「早く元気になって幾見君にお礼を言わなきゃね」
「ああ。でもこのプリンが格別にうまいのは、雪華が食べさせてくれるからだ」

　プリンよりももっと甘く蕩けそうな瞳で言われ、頬がじわっと熱くなる。

「そ、そう？」

　なるべく気にしていないふりで返事をしたら、彼の手が頬に触れた。マスクのひもをたどるように人差し指でつうとなぞられ、背中に甘い痺れが走る。

　ゆっくりと、風邪とは別の熱がこもった瞳が近づいてくる。
　高鳴る鼓動にせかされるようにまぶたを閉じた次の瞬間、額に柔らかな感触が落とされた。いつもより高い熱がゆっくりと離れていく。

「続きはまた今度、だな」
「も、もちろんよ。早く元気にならなきゃね！」

　てっきり唇へのキスだと身構えた自分が恥ずかしい。私ったら病人にいったいなにを考えていたのよ！

「そうだな。だが雪華があんまりかわいいことをしてくれるから、寝込んだままなのも捨てがたいが」
「なっ！」
「やっぱりだめだ。熱よりもおまえの煽りに耐える方がつらい」

　ぼわっと頭から湯気が出そうになった。

「それに、愛妻の要望には最速で応えるべきだ」
「ちがっ……いや違くないけど、さっきのはそんな意味じゃなくって！　純粋にっ」

　動揺のあまりジタバタする私に、彼が楽しげな笑い声を上げる。