マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
彼はひとしきり笑った後、私の頬をするすると撫でた。
「すぐによくなる。だからもう心配するな、雪華」
幼子をあやすような声色にはっとした。
彼は気づいていたのだ。私が心配をしすぎていることを。
頭ではただの風邪だと分かっているのに、どうしても『彼になにかあったら』と考えてしまう。
くだらない杞憂だと自分に言い聞かせたが、熱でつらそうな滉太さんを見るたびに湧き出した思い。
『もうこれ以上大事な人を失いたくない』
そんな怖れに近い不安を抱いていることを見抜いた滉太さんは、わざと私をからかったり焼きもちを焼いてみせたりしたのだ。
薬を飲んでベッドに横になった彼が、枕に頭をつけた瞬間ふうと息をついた。長い間体を起こしていて疲れたのだろう。平気そうに見えていたのは、きっと私を不安にさせないためだ。
こんなときまで私のことを一番に考えてくれるなんて……。
胸の内から熱いものが込み上げてきた。
彼にこれ以上余計な心配をさせてはだめよ。早く元気になれるよう、最大限のサポートをするのが妻の役目じゃないの。
「うん、そうね。早くよくなって、たくさんキっ……しようね!」
きゃー! 言ってしまった!
なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい。頭から湯気が出そうだ。
うつむいて羞恥に悶絶していたら、「はあーっ」と大きなため息が聞こえてきた。
「滉太さん?」
どうかしたのかな。熱で苦しいのかと顔をのぞきこんだら、じろりと睨まれた。
「鬼嫁か」
「え!」
まったく意味が分からない。私の必死の努力をなんだと思っているのだ。
さすがにむくれそうになったところで手をぎゅっと握られる。
「お望み通り、今からたくさん抱いてやろうか」
「抱っ……や、今のはキスのことですから!」
慌てふためきながら、握られた手を引っこ抜く。
「ここまで煽られておとなしく寝てられるはずないだろう。熱も下がったし今からでも――」
「だだだだだだだっだめ! 完治後にしてください!」
上半身を起こそうとする滉太さんの肩を両手で押し返したら、彼が「ふっ」と不敵な笑みを浮かべた。
「言ったな。言質は取ったからな」
「うっ」
「楽しみだな。そうと決まれば全力で完治させよう」
「ううっ……」
完全なる敗北だ。
負けを認めた私はがっくりとうなだれた。