マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「できる男は仕事に無駄がありませんね」

彼が去っていった方を眺めながら幾見君が呟く。

「お忙しい方なのよ」

統括は当社と親会社子会社を繋ぐ橋渡し役だ。ここでの事案をホールディングス(うえ)へと上げなければならないから、行ったり来たり忙しい。

「ホールディングスの方での会議もありますしね」

頷きながら言った幾見君の隣で、高速でキーボードを叩きながら大澤さんが口を開く。

「仕事がデキル上にあれだけイケメンでしょ?まだここに来て二週間だっていうのに、すでに彼を巡っての競争はすごいものになっているらしいわよ」

「みんなこのチャンスを逃したくないんでしょうね。」

「二人ともそろそろ仕事に―――」

「雪華さんは?」

噂話に盛り上がる二人を仕事に戻そうとした私の言葉を、幾見君が遮る。

「何が?」

「高柳統括のことですよ。狙おうとか思わないんですか?」

「……思わないわ」

「そうなんですか?」

少しホッとした顔をした幾見君の隣から、タイピングの手を止めた大澤さんが私の方を見た。

「私は主任と統括はお似合いだな、と思いましたけど?」

「「えっ!?」」

私と幾見君の声が重なった。
高柳統括と私が“お似合い”だなんて、他の人から見たらびっくりなのだろう。自分でもそう思うから「そんなことないわよ…」と口にする。

「そうですよ、雪華さんにはあんな冷徹仕事人間じゃなくて、もっと優しい男性がいます!」

上司の私に気を遣ったのか、幾見君がそう言ってフォローを入れてくれる。

(そんなに焦らなくても私は気にしてないんだけど……)

そう思いながらも、一生懸命な彼の話を黙って聞いていた。
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