マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
《それはそうと!雪ちゃんのところは今停電中なのでしょう?大丈夫なの?電気が止まると水も出ないわよね?どうしているの?》

マンションの浄化槽は電動の汲み上げ式で、電気が止まると自動的に水も出なくなる。佐知子さんが言っているのはそのことだ。

「えっと、それが…」

《私のマンションにいらっしゃい、って言いたいのだけど、実は今自宅にいないのよ》

「そうなんですか?」

《ええ。紀一君が赴任前休暇を取ったから今一緒に実家に帰っているの。しばらく帰れなくなるから、親孝行しておきたくてね》

「そうだったんですか」

《雪ちゃんが大変な時に近くにいれないなんて……そうだ、私だけでも一旦そちらに帰るわ》

「えっ、そんな、いいですよ。私は大丈夫ですから、しっかり親孝行してください」

佐知子さんと紀一さんは九州出身だ。国内に居てもなかなか実家に帰る時間はなく、せっかく親孝行できる機会を、私のことなんかで潰して欲しくない。

《でも今回の停電は長引きそうだってニュースでも言っていたわ。雪ちゃんは他に行くあてでもあるの?》

佐知子さんにそう言われ、私は思わず言い澱んだ。
(ホテルにいるって言えばいい?それともまどかのところに…いや無理か)

まどかが出産の為里帰りすることは、佐知子さんと前回のメールの時に近況報告がてら話したばかりだ。

《やっぱり私が帰るから、》

「あのっ、実は……」

佐知子さんの言葉を遮って、言葉が飛び出した。口にした瞬間、自分でも思いも寄らないことに言った後から驚いてしまう。

嘘も方便とは言うけれど、それはあんまりだろうと我に返って訂正しようと思ったが、時すでに遅し。
電話の向こうから《一言ご挨拶したいから代わってもらえる?》と言われた時には、私の顔から血の気が引いていった。


佐知子さんには『またあとでかけ直すから』と言って、一旦通話を終了させた。
スマホの画面を見ながらしばし呆然としてしまう。

『あのっ、実は……今、高柳さんのご自宅にお世話になっているの。だから大丈夫』

確かに私はそう言った。時間を巻き戻してさっきの言葉をやり直したい。

暗くなった携帯を片手に、のそりとベッドから立ち上がった。


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