マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「いただきます」
両手を合わせてからフォークを手に取り、オムレツを口に入れた。
「んん~っ!ほわほわれ、おいひいれふ!」
「落ち着いて食べてから話せ。何を言っているか分からない」
窘められたので、ちゃんと飲み込んでからもう一度口を開く。
「ふわふわでおいしいです」
「なら良かった」
「高柳とう…さんは、お料理上手なんですね」
数時間前と同じ間違いをしそうになって、慌てて言い直したら変な呼び方になってしまった。指摘されるか冷や冷やしたが当の本人はさして気にならなかったようで、「これくらい誰にでも出来るだろう?」と返ってきた。
「十分お上手だと思います。私、オムレツをこんなにふわふわに作れたことありませんよ?」
「そうなのか?コツさえ掴めば誰にでも作れると思うけどな…」
「そのコツを掴むのが難しいんですって」
ローテーブルを挟んでこんな風に朝食を取りながら彼と話をする日が来るなんて、思ってもみなかった。
大学生の時とは違う、今の彼のプライベートな姿。それは職場で上司と部下として仕事をしている時には見せることのない姿を見ることが出来るなんて、職場の女性達が知ったら確実に恨まれるだろう。
カミナリと台風と停電。まったく嬉しくないこの三つの要素が合わさって今の状況を生んでいるのだと考えると、何とも言えない気持ちになる。
「それにうちにはエプロンはありません」
さっき洗面台から戻ってきた時、キッチンに立っていた彼の姿を思い出す。
Tシャツにスウェットパンツというラフな姿に、ブルーのストライプのエプロンを身に着けていた彼は、とても素敵だった。スタイル抜群のイケメンはエプロンすらも着こなすのか、と思わず見惚れてしまったほどだ。
「エプロン、似合ってましたよ」
何も考えずに思ったことを口にすると、パンを片手に持っていた高柳さんが「ごほっ」とむせた。
「大丈夫ですか?」
何度かごほごほと咳き込んだ後コーヒーを口にした彼は、カップをテーブルに置くとこちらをジロリと睨んでくる。気のせいか耳の端が赤い。
「お前な……昨日の仕返しか?」
「え?昨日?」
何か仕返しを考えるようなことがあっただろうか、と思い返してみる。何も思い当たることがなくて首を傾げていると、真顔の彼が言う。
「それとも据え膳喰わなかった腹いせか?」
今度は私が咽る番だった。