マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
「主任、お昼になりましたよ。社食に行きませんか?」
「うわ…もうそんな時間なのね」
大澤さんに声を掛けられて顔を上げると、オフィスの時計は十二時ちょうどになっている。
「俺も一緒にいきます」
そう言って入って来た幾見君も一緒に社員食堂へ行くことになった。
貴重品の入った小ぶりなポーチを引き出しの一番下から出し立ち上がった時、幾見君が窓の前のデスクに座る高柳さんに声を掛けた。
「統括も社食でご一緒にお昼いかがですか?」
幾見君の台詞に私は思わず動きを止める。
一緒に仕事をするようになって二週間が経つが、これまで一度も彼と昼食を取ったことはなかった。その理由のほとんどが、この時間に統括が自席にいることがなかったからだ。
大体彼は午前中の内に一回はホールディングスに行ったり会議に出たりして、戻ってくるのは私達が昼休憩から戻ってきた後のことが多い。
デスクに居る時には休憩に入るとここぞとばかりに女性社員がランチの誘いに群がってくるので、声を掛けるのも憚られるような雰囲気なのだ。
ちなみにランチのお誘いを成功させた人はいないらしい。
声を掛けられた高柳さんがパソコンから顔を上げる。
誘った張本人である幾見君を見た後、彼の後ろ側に視線を向ける。一瞬だけ目が合ったが、高柳さんはすぐに幾見君に視線を戻した。
彼が口を開く。返ってきた答えに、私は思わず驚いた。
「そうだな、折角だから一緒に行こうか」
予想とは反対の答えだった。