彼の秘密を見つめてた
「この前入った方って、青井さんと付き合ってるらしいですよ!」

神谷(かみや)の声は、うるさい居酒屋でもよく聞こえる。

私は「そうだよ」と答えながら、ビールを一気に飲み干した。

「もしや、先輩は知ってました?」

私は『先輩って呼び方はやめろって言ったのに』と思いつつ、突っ込むのも面倒なのでやめた。

「まぁ」

「俺、青井さんは先輩を好きなんだと思ってました」

神谷の言葉が鋭く私を突き刺す。

「……どう見ても青井君は私のこと好きじゃなかったでしょ」


私の四つ下の後輩である青井君は、私の二つ上の篠宮さん(もう『篠宮』ではないのだけれど)のことをずっと好きだった。

篠宮さんも、青井君を好きだった。

二人は許されない秘密の恋をしていた。


そして、私はそれを知っていた、ただの同僚。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『僕、篠宮さんのことが好きなんですよね』

青井君が打ち明けてきたのは、三人で飲んだ一週間後のことだった。

分かっていた。
いつだって彼は、篠宮さんの後をついて回っていたから。

そして、篠宮さんも青井君を気に入っているのは分かっていた。
『宮川さんは青井君のことアリなの?』
って以前聞かれたとき、何食わぬ顔はしていたが内心不安そうにしているのは見えていた。

私は『そんな訳じゃないですか』と笑い飛ばした。

安心させるのは癪だけど、哀れになるのはもっと嫌だ。


青井君は少し私に顔を近付けて、囁いた。

『宮川さんにだけは話すんですけど……篠宮さんも僕のこと好きって言ってくれたんです』

私は『なんとなく分かってたよ』と言って呆れたように笑った。

『なんで分かるんですか?』

不思議そうな青井君に
『見れば分かるでしょ』
と答えたのも、もう昔のこと。


私から周囲にバレてもおかしくないのに。

でも、この目の前で笑う青年は、
ちっとも私を疑っていなかった。

誰かに話したら、この秘密は秘密でなくなる。

彼が秘密の恋をしているという秘密を、私たちは共有していた。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「えー、次研修する時に聞いてみようかなぁ」

「うざいからやめなよ?」

「えー?
でも、有給中なのに、出社初日の好きな人に再会するなんてドラマチックですよねー」

「ドラマチック、ね」

私は神谷の分の焼き鳥を一本食べる。

嘆く神谷を無視して、ビールを追加で注文した。
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