異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
ジリンは鷹揚に笑う。

「若くて強い力を持つ男なら、残酷な方向へ血を滾らせることもありましょう。ですが私は、陛下が豹変するなどと、いまは微塵も考えておりません」

「いまは、か。過去の考えを一切水に流して知らぬ顔をするのは、絵に描いたような“たぬき”ぶりではないかな」

含み笑いに切り替えたジリンは、穏やかで柔和な老人のふりをして、王城で政敵たちを蹴散らしてきた男だ。

コンラートは、ふぅとため息を吐いて、自分をぎりぎりと締め上げる激情を落ち着かせる。彼が再び歩き始めると、ジリンは先ほどと同様に傍についた。王の左の手だから、当然左側だ。

ジリンはコンラートに尋ねる。

「では犯人が見つかりましたら、どういう罪状になりますか」

「夜会を潰そうとした罪だな。国の威信が掛かっているのに潰そうとすれば、失脚して当然だ。実行した者は命令されただけだろうから王都から追放、その後ろにいて操った者は……、そろそろ締め上げるか」

「さて。排除できましょうか。それなりの権勢を誇っております」

コンラートはジリンをちらりと見て、今度は楽しげに笑った。これが、笑いながら前へ突き進む彼本来の姿だ。

「エディを王城に帰らせよう。あいつに右の手を継がせる」

「そうですね。そろそろ、王都での調査を終えているころでしょう。兄たちの放蕩の証拠もしっかり掴んでいると思います。しかし、グレイ家を継ぐのが五男になるとは、いかにあれこれ突きつけられても、長男から四男までが黙っておりませんぞ」

「家の掃除は自分でしろとエディに伝えておけ。あいつがいなければ、グレイ家はいつか捻り潰す予定だったんだからな」

それだけ言ったコンラートは、目の前を凝視して付け加える。

「メグミに仕掛けた。もう許さん」

ジリンは引きつったように笑った。
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