異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
医者を見送ったあと、ベッド横の椅子に座って眠っているサユリの疲れた顔を眺める。

疲労を少しずつ貯めているのは感じていた。仕事の大変さというよりは、テツジが亡くなって以来、精神的に参っているのを無理やり引き立てていた反動ではないかと思う。

異世界へ来て環境が激変したことでも相当ストレスが溜まっていただろう。そのうえで、テツジの急死だ。

「ごめんね、母さん。落ち込んでいるときに無理に立たせたんだよね。父さんがいなくなったことを自分に納得させる時間が、もっと必要だったんだ。それなのに私に合わせて無理に動いたから――」

メグミがテツジの跡を継いで和菓子を作ろうと動き出すのと、長年夫婦として寄り添ってきた伴侶を亡くした母親の喪失感を、同じように考えてはいけなかった。前を向いていればいつかは乗り越えられるなどというのは、コランの言葉を受けて立ち上がれたメグミに当てはめることができても、根本的な立ち位置が違うサユリには難しかったのだ。

心臓に負担がかかるほど無理をさせていた。サユリはいつもおっとりとして明るく笑いながらメグミを助けてくれたから分からなかった。
< 69 / 271 >

この作品をシェア

pagetop