異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
恵は小さな声で呟く。

「……これ……これって。夢じゃないよね。揺れたのは……移動したってこと? どこへ? 異世界……とか。はは、うっそ。家族で店ごと? はは……まさかね」

顔をゆっくり横へ向ければ、空いたドアから食品庫が見えたので、変わらない日常のように思える。

しかし振り返って、店と続きにあるはずの住居を見た彼女は、壁から向こうがごっそり別なものになっているのに気が付く。洋風の家で二間ほどあるようだ。さらにその向こうの窓から、庭と思しき外が見えていた。

――まさか……。SFなら、時間旅行とか空間移動とか。た、確かめないと。

恵は動きだし、父親を追って外へ出た。さゆりは早足で横を急ぐ恵を見上げて、つられたようによろよろと立ち上がる。

外に広がるのは、つい先ほどまでいたのとは全く別な場所だった。

――えーっと、えー……っと。……少なくとも家族三人、一緒だ。

店も食品庫も一緒だった。だから彼女はなんとか受け入れる。どこへ行っても、やることは一つだったからだ。

――まずは、そう。まずは和菓子を作る。

すべてはそこから始める。

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