気まぐれな彼女
 その日僕は道を急いで歩いていた。塾に遅れそうになっていたからだ。

 よく前を見ずに歩いていたので、通行人とぶつかってしまった。


「すみません」


 女性の声だ。

 それは僕の学校の隣のクラスの山田さんだった。


「僕の方こそすみません、よそ見をしていたもので」

「なら、ちゃんと気をつけろよ」


 驚いて彼女をみる僕。彼女はこんな性格だったのか、隣のクラスだったので気づかなかったよ、見た目はおとなしそうに見えるのになと思い、どうしようか迷っていると「冗談ですよ」と言ってにっこり彼女は笑った。そんな彼女の笑顔はかわいいというよりは悪魔のように僕には見えたが、そんなことは彼女には言えない。


「冗談ですか」

「な、わけねーだろ」


 えっ、彼女はヤンキーか何かなのか!? と一瞬思った僕の肩をポンと叩いて「今のも冗談ですよ」と言って彼女が笑う。何かもうあんまり山田さんには関わるのはよした方がいいなと思い適当に話題を切り上げて、背中を向けて立ち去ろうとする僕に対して後ろから「あっ、あの」という声がする。


 僕が振り向くと彼女が恥ずかしそうに顔を赤くして僕の方を見ている。何なんだ彼女は病気か何かか、そうでなければこの短い時間の間の彼女の態度の変化は説明がつかないぞ、という僕に対して彼女は手に持った財布を差し出す。


「あ、それは僕の財布」

「落としましたよ」

「ありがとうございます。なくしたら親に怒られる所でしたよ」

「そんなに大切なものなら金庫にでも入れて鍵でもかけておけ、ボケ!!」


 そう言って彼女は僕の胸にグーでパンチをするが、所詮は女の子なので殴る時に手首を痛めたようで、その痛がる姿がちょっとおもしろかったので「プッ」と笑った僕であったが、彼女は手首を押さえてすすり泣きを始め、周りの人たちが「なにあれ、あの子彼氏に怪我させられたの」という人々の声に、僕の彼女じゃないし、怪我もさせてもいないということを説明しようという考えが頭に一瞬浮かぶが、周りの人間の僕を責める目と、そもそも話下手な自分の性格を考えて、どうしようかとオドオドしはじめた僕の胸に彼女がグーでパンチをする。


「お前はチョキだから私の勝ちだな、ハッハッハッ」と謎の笑い声を上げながら去る彼女の後ろ姿を呆然と見守る僕は「あっ、いけね」そうだ塾に遅れそうだったから急いでいたということを思い出し、180度ターンをしてまた僕も歩き出す。


 それが彼女と僕の初めて口を利いた時の話だ。
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