ラヴシークレットルーム Ⅲ お医者さんとの秘密な溺愛生活
Hiei's  eye カルテ13:warning


【Hiei's  eye カルテ13:warning】



午前7時少し前。
奥野さんがいなくなった後もカンファレンスルームに残ったまま、必要な文献やデータを探しては読み漁っていた俺。


奥野さんから渡されたファイルを手に取った際に、右手に柔らかいモノが触れた。


『これで唇についたグロスを拭えってことか。』


その感触の主は奥野さんに渡されたもうひとつのモノ。
きれいにアイロンがかけられていた桜色のハンカチ。
きっと気を遣って渡してくれたんだろうけれど、自分の指で唇を拭った。

挑発のキスと後ろめたさを
自分の胸の中だけにしまっておきたかったから。

だからその証拠を人のモノを使わずに自分の手で拭い去った。

そして使わなかった奥野さんのハンカチをどうしたらいいのかわからなかった俺はとりあえず白衣のポケットに突っ込んでおいた。


『やると決めたけど、それにしても文献、多いよな。』


ポケットの中に突っ込んだはずのハンカチの存在のせいで集中力が切れた。
さすがに疲れを感じずにはいられなくなって、まだコーヒーが残っているマグカップを持ってカンファレンスルームを出た。




看護師さん達が早朝の血液採取で忙しなく動いている中、俺が向かった先は給湯室。


もう一度コーヒーを淹れるために少しだけ残ったコーヒーを捨ててマグカップを水でゆすいだ。
その際、マグカップの底に書いてある“Hiei”という擦れた文字が目に留まったせいで、もう何年の前のことを想い出した。

電車に飛び込もうとしていた伶菜を助け、この病院に搬送した頃のことだ。


命を絶とうとしていたぐらい精神的に不安定な時に胎児の存在を知った彼女
その時の彼女は俺から見ても、いつ壊れてもおかしくないぐらい脆い空気に包まれてしまっていた

それまでも色々な妊婦を診てきて、同じように精神的に不安定な妊婦はいくらでもいて、自分なりにできる範囲で対応してきたつもりだった

けれども彼女に関しては、どう声をかけてよいのかわからないぐらい
俺は戸惑っていて

それは、彼女は俺がずっと探してやまなかった “伶菜” だったから




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