ラヴシークレットルーム Ⅲ お医者さんとの秘密な溺愛生活
Hiei's  eye カルテ3:hunch(予感)


【Hiei's eye カルテ3:hunch(予感)】



昼休み後に伶菜へかけた2回目の電話。
それは情けないことに用件だけを伝えた、事務的な応対になってしまった。

“さっきは病棟で話を聞いてやれなくてゴメン”
とか彼女に言ってやればよかったと反省しつつ向かったのは
柔らかな夕日が差し込むNICU(新生児集中治療室)。


「日詠先生?」


そこの出入り口で背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには赤ん坊を抱っこしたお母さんの姿。



「やっぱり日詠先生!!!!・・・・おかげさまで、明日、退院できることになりました。1600グラムちょっとでこの子が生まれてきた時はどうなるかと思いましたが・・・先生のおかげです。」

彼女は2ヶ月ぐらい前、ウチの病院に救急搬送され、俺が緊急帝王切開を施行した妊婦さんだった。


『いえ、そんな・・・・お子さんの生命力とお母さんの頑張りのおかげです。』

「でも日詠先生、毎日、ここに来て下さって、私達をそっと見ていて下さったでしょ?・・・それがすごく心強くて・・・本当にありがとうございました!」

『・・・・お母さんも体に気をつけて。』


目をキラキラさせてそう挨拶してくれるその人に
月並みなコトしか言えない俺は
いつものように赤ん坊の頭をなるべく優しく撫でてからNICUの中へ入って行った。



俺が自分がするべき業務を終え、自宅に帰る直前に必ずすること

それはNICUに立ち寄り、
・・・保育器の中にいる、小さく生まれた大切な命達と向き合うコト
・・・その大切な命達に寄り添うお母さん達の背中をそっと見つめるコト

お母さんのお腹の中でもう少しこの子達を大きくさせてあげられなかったのか?
出産のタイミング・・・・自分の判断は本当に正しかったのか?

この子達に向き合いながらいつもそう思う


正産期よりも早く出産しなくてはならない事をお母さん達に勧めた時、
彼女達の気持ちにちゃんと耳を傾け、彼女達が前向きに出産に臨めるようにきちんとフォローできていたのか?

お母さん達の背中を見つめながらいつもそう思う

産科医師であって、小児科医師や外科医師ではない俺は
この子達へ自分がしてあげられることがもう何もなくて
・・・そう振り返ることしかできない


それでも

彼らの“生きるんだ”というかすかな息づかいを感じとること
お母さん達がこの子達に優しい声をかけてあげているところを見守ること
それらを行うことで俺は救われている
自分には産科医師としての自信をなくしてしまった過去があるから



それは約5年前

自分の手で救わなくてはならなかった人達の手を
自ら離してしまったという
医師としてあってはならない過去


その人達は

伶菜
そして
彼女の息子の祐希だった


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