ラヴシークレットルーム Ⅲ お医者さんとの秘密な溺愛生活


【常位胎盤早期剥離】

通常は分娩後に剥がれる胎盤が、分娩前、胎児がまだ子宮の中にいる間に剥がれてしまい、子宮の中で大量の出血を起こす疾患

プロム(前期破水)を起こした後に発症することもあるが日常の診療ではさほど多くない疾患
けれどもそれを発症すると母子ともに生命に関わる非常に危険度が高いとされている疾患だ


俺も今までの臨床経験の中で数例しか経験がない

けれども
常位胎盤早期剥離への対応方法はちゃんと頭の中に入れている
いつ患者が来ても大丈夫なように


奥野さんだって同様なはずだ
奥野さんのスキルは充分理解している
他のどの産科医師よりも信じている

だから
敢えて奥野さんに伶菜の妊娠経過を聴いたりしてこなかった


それでも
常位胎盤早期剥離の怖さを知っている分
もしそれが伶菜の身に降りかかっていたらとか考えてしまうと
信頼しているはずの奥野さんに対しても疑心暗鬼になってしまう

同じ産科医師の自分が
伶菜に対して何もしてやれないでいるのに・・だ


「日詠さん?」

『・・・ハイ・・・』


何もしてやれないどころか喉の奥が詰まるような感覚のせいで、
頭の中を駆け巡った事柄を口に出して確認することもできなかった。


確認しなければ・・・
どうしたらいいのか考えなければ・・・
奥野さんを信じなくては・・・・

頭の中でそれらがごちゃ混ぜ状態になり制御不能状態
祐希が生まれたあの時と何にも変わっていない

そんな自分自身に激しくイラついた。
それでも時間は止まることなく動いている。




「日詠伶菜さんですが、破水しているので入院になりました。陣痛にはまだ至っていませんが、立会いされるのであれば早めにご来院下さいね。」

『・・・わ、かりました。』

「気をつけてご来院下さい。それでは失礼致します。」


奥野さんではない病院職員らしき人は
落ち着いていなかった俺とは異なり、一切慌てることなく電話を切った。


ツー、ツー、ツー


通話終了音が鳴っていても
耳から電話を離せないぐらい脱力感に襲われた。

『・・・はぁ・・・』


目を閉じ大きな溜息をつくのがやっと。
そんな俺に運転手は声をかけることなくそっとしておいてくれた。


その後、運転手がようやく発してくれた声は

「到着しました。」

伶菜がいるはずの病院の玄関に到着したことを知らせる声だった。



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