この街のどこかで
言葉を持っている人間よりも、言葉を持たない犬の方がずっと素直な気がする。
素直すぎる感情は時に人を傷つけるけど、感情を隠しすぎたって傷つくものだ。
彼が悪いわけじゃない。
誰が悪いわけじゃないのに、感情がぶつかり合うと人は喧嘩してしまう。
彼はそれをひどく怖がっている。
「だからって言い合いにもならずに居なくなるのは卑怯だよね」
だって私と話し合いたくないってことじゃない。
「なんでもっと優しく言葉がかけられないんだろう。もっと違う言い方ができたはずなのに」
今更の後悔は豆太だけが聞いていて、本当に届けたかった相手には届かない。
どんなに後悔したって口から出た言葉は無かったことにはできない。
私達二人のやりとりなんて何もわかっていないだろう豆太は穏やかな顔をして眠っている。
「いいねぇ、豆太。幸せそうだね」
ソファの横にあるCDラックの中から取り出した1枚のアルバム。
12曲収録のこのアルバムの、9番目の曲が好きだ。
祐真くんが私に話す声に似ている。
話すように歌う祐真くんが好きだった。
彼の歌声は切なくて、優しい。
だけど私と話すときは切なさが少し影に隠れて、穏やかで優しくなる。
時々、それが無性に抱きしめたくなるときがある。
だけど、時々、それを無性にかなぐり捨ててしまいたくなる時もある。
あなたの世界に、私が存在している意味を教えてよ。
祐真くん。
CDを再生するといつもと変わらない祐真くんの歌声が流れてくる。
シンセサイザーだとか、エレキギターだとか。
音楽の知識なんてまるでない私は細かいことなんて分かるはずもないけれど、耳に届くこの音楽は心地がいい、ということだけが分かる。
あなたの作った歌が、好きなんだということが。
あなたの歌う世界が。
だからお願い。
『幸せになって欲しいと思ってるんだよ』
なんて突き放すような言葉を言わないでよ。