この街のどこかで
先程のことが思い出される。
なんでもない、オフの日の平和なひとコマ。
豆太は足元を元気にくるくる回って、いつもどおりの日常だったんだけどな。
「友達がね、同棲はじめたんだって。嬉しそうに報告してくるんだもん。羨ましくなっちゃった。一緒に住んだらきっと楽しいんだろうね」
藍が言った言葉に俺は「そうだね、俺たちも同棲する?」とは返すことができなかった。
俺は知っている。
一緒に住むということは“楽しい”だけではすまないことを。
数年前に経験している別れを引きずっているからだ、未だに。
「……藍には、ね。幸せになって欲しいと思ってるんだよ」
不安定な俺のそばに居る藍が、いつだって笑顔でいてくれる確信が持てなくて、俺はその手を掴むことができなかった。
君の笑顔を消してしまうのが俺だなんて、耐えられるはずもない。
藍にはどうしようもなかったときに救われた。
だからこそ、幸せになって欲しかった。
二人のこれからを思う言葉が、二人の未来を閉ざしていくようだ。
イヤホンから流れ出る自分の声にイライラして音楽の再生を止めた。
スクロールしたって、今はまともに音楽も聴けないだろうと諦めて静けさを求めて俺はまた歩き出した。
デビューして間もない頃は奇跡の歌声だとかなんだとかチヤホヤするだけしておいて、次々出てくる新人アーティストに勢いを削ぎ落とされてはメディアにすっかり取り扱われなくなった頃。
そんなことを気にも止めずに藍は俺に告白をしてきた。
“ミュージシャン・祐真”ではなく、可知祐真に。
知り合ってから告白されるに至るのは数カ月の期間があり、それから現在に至るにはさらに1年の歳月があった。
要するに、たまたま公園で知り合っただけの関係から今日で1年数カ月。
彼女の世界では、俺はどんなふうに見えてるんだろう。