この街のどこかで
ゆるく、甘やかな檻の中、幸せを腕に抱きしめていた。
けれどあの時間、真知子さん、あなたはいつも俺に弱さを見せてはくれなくて。
子供だった自分ができることなんて、優しくすること、甘やかすこと、大人なあなたに釣り合うように、精一杯の背伸びすること。
それだけだった。
頼ってほしかった、けれど、きっと頼れる存在ではなくて。
だから涙も、弱音も聞かせてはくれなかったんでしょう?
抱きしめていたはずのあなたが遠く感じることもあった。
折しもデビューしたてで、すれ違いの生活も相まって、あなたは一つの誤解をした。
『さようなら。あなたのことはもう要らない。あの子のところへ、行けばいい』
そう言われたときだって、俺が好きだったのは、あなた唯一人だったよ。
それを言ったあなたの覚悟に俺は何も言えなくて。
好きだったのに。
好きだったから。
お互いを想う気持ちが、お互いを遠ざけていった。
『俺はそんなに、頼りないかな。……最後まで、俺の前ですら、弱音も涙も見せなかったね。今までありがとう』
返せた言葉はただそれだけ。
涙を見せることだけが、弱さを見せることではないことを今の俺には理解できる。
あの頃のあなたの歳に追いついた分、経験値は増えたから。
俺のことを信じてもらえなかった、という事実は中々にショックで、部屋を出てから真知子さんとのやり取りはほぼ無い。
荷物のことで数回のメールのやり取りをしただけだ。
あなたは今もまだ、あの部屋に住んでいるんだろうか。
相手に“さよなら”を告げさせるのは残酷な行為だと自分が一番分かっている。
真知子さん、あなたも昔、こんな気持ちだった?
最後のあの時も本当はまだ俺のこと、好きだったでしょう?
自分に都合のいい妄想かもしれないけれど。
それでも俺はあの日、“お互いを思うが故のサヨナラ”を告げた。
それが今、こんな風になるなんて。
あの頃が蘇ってくるみたいだ。